桜田門外の変

尊皇(尊王)と言えば、儒教を基とした国の根拠となる王を尊ぶ思想。国家が国家である秩序の根拠である。攘夷とは、侵略してくる外敵に対して国を守ろうとする思想で、ふたつが結びついて尊皇攘夷となる。
まるで幕末のようだが、先般の10.16の東京における中国大使館包囲デモ、17日にも横浜など多方面で行われたデモ。私も参加した沖縄での尖閣デモなど、夷狄脅威論的なデモが多発している。まるで幕末の尊皇攘夷論の再来のよう。

 
 
昭和のデモと言えば安保闘争も攘夷とは言えるが、尊皇的ではなかった。夷狄は米国であり、左翼がかった思想のむしろ体制破壊型革命のひとつ。安保闘争は、革命派が勝利していたら、日本は共産主義になっていただろう。
そうなっていたらどうなっていたか。日本には基本的人権はなく、隣人も信頼できない諜報社会。経済的発展もない。

幕末の維新は、300年続いた徳川幕府が、耐久性を失い瓦解した。それまでたまってきた政治的矛盾を解決できなくなり、開国の際の不平等な条約に世論が爆発した。その不平等な条約とは、無論国力の差もあったが、大衆には徳川の体制維持のために見えた。維新後は、その国力の差を冷静に見つめ、富国強兵でやっと白人社会の仲間入りをした。その時は、息絶え絶えだっただろう。

時代は平成に入り、日本は世界第二位の大国なのである。それが、鎖国を解いたばかりの徳川時代よりも理不尽な内政干渉を許し、屈辱的な「柳腰外交」を繰り返している。経済では大国でも核がない。実は、日本と周辺諸国との差は開国時代のそれとかわらないのだ。その点を見れば、日本は北朝鮮以下である。
しかし、人間というものは変わらないようだ。いかに骨抜きな教育をされていても、立ち上がる人々がいる。それがこのところ盛んになってきた、各地でのデモ活動だろう。彼らは特に右翼の人たちということでもない。普通の人たちだ。

攘夷がにわかに湧いている中、次は尊皇派と色分けがされていく。日本は三千年の歴史があるのだから、国体の維持としては皇室の維持は大切なことだ。しかし、今の皇室には実質的な権限はない。夢想的な尊王論よりも、現実的で、責任と役割を明確化する必要があるのではないだろうか。
国家元首は天皇陛下であるにも関わらず、国会での実質的な権限は皇室にはない。法律は玉虫色で曖昧だ。これでは、責任だけが天皇陛下にのしかかる。言葉は悪いが、悪いことは皇室のせいにしておいて、都合がわるければ予算をちらつかせる。まさに皇室の存亡危機ではないか。

天皇陛下は、国家元首としてもそのご存在が尊いが、神道の教祖でもある。それを学校などの教育界では「宗教とはいかがわしいもの」であるというのだから大したものだ。日本の教育界では天皇陛下を否定しているのである。驚くべきことなのだが、そういう教育を受けた人たちの中には、信仰心のない右翼というものも存在する。
「政教分離」という言葉も、原理原則のように言われるが、それは元をただせば、「天皇は政治と結びつけると”危険”」という戦後の日本解体の際に利用されたプロパガンダでもある。
もっとも、政教分離は、政治と宗教を切り離すものではない。それでは皇室否定になるからだ。政教分離とは、時の政治権力が宗教を迫害しないための原則である。

さて、尊皇攘夷論が沸き起こっているが、現代のような国際的な時代に王政復古とはいかない。私たち日本人は、日本という国家、国体、文化を維持しつつ、繁栄していくために「新しい国」の設計図を持たなければならないのではないのだろうか。

今の一言:うー仕事がたまってるー