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今年の夏、神宮球場でUFO群が現れた際、マスコミ各紙はこぞって記事にした。
10月にもなぜか神宮球場に出現しているが、その都度記事にしている。

筆者が考えるに、この度の横浜のUFO大群衆も同型の未確認飛行物体に思える。

ufo

動画こそ少ないが、当日twitter上を賑わせ、写真も多数存在する。
また、生で見た目撃者は、口をそろえて「あれはUFOだった」と言う。
見てない第三者が、「風船でした」とtwitterで風説を流したが、見たものにとっては一目瞭然なのだろう。
その飛行物体は「風船ではありえない」動きと、変形を繰り返したというのだから。UFOと言ったほうが無理がない。否定派はUFOだと何が都合が悪いのだろうか。

さて、そうしたわけでこの度の横浜アリーナでのUFO騒動だが、まるて緘口令を布かれたようにマスコミは口をつぐんでいる。神宮の時でも、確固たる確証があって「まぎれもなくUFOだ」として報道したわけではなかろう。「話題」になったという事実に反応しての報道だ。
では、この度の横浜アリーナUFO騒動は話題にならなかったのだろうか? いや、当日リアルタイムでtwitter上で騒ぎとなり、タレントのつるの剛士氏も、目撃者の関係者として興奮気味にツイートしていた。
また、つい数日前にNASAが世界中でプレスリリースしての生発表に、少し肩透かし気味の世論。この中でUFO群集結のニュースはホットだろう。
報道しない理由があるのか。何か都合の悪いことがあるのだろうか。

要するに、幸福の科学のイベント目がけてUFOが集結したから報道しないのではないのだろうか。

いち団体の利益になるような報道はしないと言えば格好はつくが、こと宗教団体に対するマスコミの態度は異様だ。
考えれば考えるほど、この度のUFO集結は、あきらかにその日、その時間に講演をしていた、幸福の科学グループの総裁、大川隆法氏に関連しておきたとしか思えないのである。
講演中の大川氏は、外でUFO群を目撃したわけでもないのに、あらかじめ決まっていた演題は「UFO関連」だったのである。講演中には、「スペースブラザース」として地球に住む人類として目覚めて宇宙時代を拓く必要性について語っていた。筆者にはこれも偶然で片付けることがどうしてもできない。因果関係は「ある」のだ。

そうした背景から、マスコミは一切報道しない。しなければしないほど異様である。

同会は、フライデー誌による捏造記事に対して、徹底的に抗議したことから、マスコミと相性は悪い。ただしそれは、宗教に対するマスコミによる対応が、戦後あからさまにむごいことへの権力への警鐘であった部分もある。

戦後、GHQなどによって日本の精神的主柱排除で宗教が隅に追いやられた際、台頭してきたのがマスコミである。
今でこそメディアがマスコミ機能を持っているが、そもそもその機能は宗教にあった。
地域に根ざした信仰機能が、口伝や、文書によって情報を伝達した。蓮如の講はそれを高度化し、現在の新聞の役割も果たしただろう。その座を奪った各種マスコミは、自らの座を維持するために、本来のマスコミ機能である宗教を貶めることに手を休めることはない。ジャーナリズムと言えば格好はいいが、その本質は権力などに対する「嫉妬」だ。

その奥に隠された、嫉妬、疑い、そして人を騙す行為。その鎧をマスコミが脱がない限り、日本で信仰心というものが根付くのは、いばらの道と言える。

そう考えると、このマスコミの黙殺は、このUFOの大群が、幸福の科学に関連するもので、同会に利があるものだと裏付けるに説得力のある結果だと思うのだが、いかがだろうか。