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海兵隊不要論と小沢の本音

小沢

民主党代表選に伴って、小沢一郎が「沖縄に海兵隊の実践部隊はいらない」との認識を発表した。
これはもともと「米国のプレゼンスは第七艦隊だけでいい」という意思を繰り返してきただけあって、小沢の自説である。

では、この発言の先に何があるのか。
それは以前、拙ブログでも考えてみたことがある。

小沢さんのやりたい事
http://mirai-yukue.net/509.html

もともと小沢氏は保守政治家であり、九条改憲(加憲)論者である。
占領下に米国に押し付けられた憲法では、独立国として成り立たないと思っている。

そして、国家元首を天皇と明記した後で、国際貢献できる独自の軍隊を創設すること。 この小沢流国連常備軍の創設が、小沢憲法試案の真骨頂である。

これが何を示しているかというと、米国からの独立と、自衛隊を正式な国軍にするということ。そのまま言うと、マスコミが騒ぐから、「国連」という枕をつけたのではないだろうか。

だから、「沖縄海兵隊が必要ない」という言葉の背景には、「本格的に九条改正(または加憲)、そして正式な軍隊が必要だ」という意味が隠れている。

おそらく、現在の片務的な日米同盟を卒業して、文字通り対等な同盟を構築する、ということだろう。

ここまでは、「普通の国」として問題はないと思う。
むしろ明確な指針として、今の日本では勇気がないと提示できない内容で、さすがは剛腕と評価できる。
しかし、気をつけるべきは以下の二点。

・民主党で九条が改正できるのか。
・沖縄での米国のプレゼンスは本当に不要か。

国会もねじれ、そもそも民主党議員が、九条にメスを入れられるのか。まずそれは無理。
沖縄の米国によるプレゼンスは、日本の防衛のみならず、東アジア全体の軍事バランスを保っている。小沢氏の言うように、第七艦隊のみでよいということは、日本に駐留する米軍は一切いらないということ。

まず無理に見えるが、まあ気概としてはよしとしたい。

そして、小沢氏と言えば、先般の派手な中国詣でが気になる。

これについては、小沢一郎の守護霊であるインドの阿闍世王によると、中共寄りの外交態度に一定の反省が伺われる。
まあ守護霊の弁なので、ご本人にどの程度伝わっているかはわからないが、守護霊の強烈な意思があれば、本人もそちらの方向にある程度は流されるだろう。
小沢氏本人も語っている通り、日米同盟を基軸に、国軍創設を模索するという感じだろうか。
これについては、すでに発刊されているので、小沢氏の本心として手にとって読んでみたらいいと思う。
小沢2
小沢一郎の本心に迫る
―守護霊リーディング―

要するに、米国のプレゼンスがなくなった場合、私たち日本はどう決断せねばならないのか。ただし、小沢氏の言うとおり、世論対策に軍隊に「国連」と枕詞をつけるのはいかがなものだろうか。私軍になりかねはしないか。キチンと正々堂々と、国軍としての立場を憲法に明記すべきだと思う。
ごまかしだらけの日本の政治。ここで終止符としたい。

今日の一言:
まあ、菅で日本が崩壊するより小沢さんで。

鳩山・小沢政権にNOを。もう時間がない!

米国は何に怒っているのか

鳩山首相は、日本のことを思うならば、普天間基地問題に対して一日も早く日米合意に基づく答えを米側に伝えなければいけない。

本当に、日米同盟が消滅する危機だ。急がねばなるまい。一刻を争う。

米側は「いまの鳩山民主党政権は反米だ」と怒ってる。

だが、不幸なことに、本人たちに反米の意識はない。無意識に、やってることが反米になっている。

政権が誕生した際に問題になった鳩山論文。今日の小沢氏大軍団の訪中。「私を信じてくれ」と言った矢先に逆のことを言う首相。

普天間基地問題は、米側としてはすでに決まったこと。それを反故にしようとしているのが鳩山政権だ。

周辺住民の考慮から、移転の話が持ち上がった。そこで素朴な疑問が出てくる。なぜ、このような住宅密集地に基地があるのか? と。

沖縄の知り合いに聞いたところ、そこに雇用があったからだという。そもそも住宅は密集していなかった。米軍基地がそこにあり、雇用が発生したから集まってきたのだ。

それに対して日本のマスコミは、連日「このような住宅密集地に基地があり、いつ事故が起きるかわからない」と報道する。

米国側は、きちんと考慮して、基地移転を検討。辺野古周辺に移設案が持ち上がった。もともと米国側も高額な予算をつけるつもりもなかった。日本側が話を大きくし、予算が拡大した。それでも「環境破壊だ」「ムダだ」とマスコミは報じる。しかし、極東の軍事バランスを見るに、そこに海兵隊の基地が必要だ。大人の判断で、すでに決まっていたものを、今、鳩山政権はのらりくらりと反故にしようとしている。

 

反米世論だと思っている

米国側が、「今の鳩山政権は盧泰愚政権と同じだ」と評している。その意味はどういう意味か。

盧泰愚政権下で起きたこと。それは世論を背景にした反米運動だ。

そして、米軍撤収問題にあえて公式に触れた。その結果が2012年韓国の戦時作戦統帥権の移譲である。

2012年駐韓米軍の作戦統帥権が、米国から韓国に移譲される。

何か米国がアジアから撤退していくことが平和になっているような勘違いをしていないだろうか? 中国の軍拡を目の当たりにしながら、北朝鮮が核兵器を手にした今なのにである。

もっと言うと、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞してから、実は米国の核の傘はないと思わなくてはならない。「撃てない」だろう。その中で、せめて今ある基地くらいは、最大限に慎重にことを運ばねばならない。もし、撤収に向かう選択をしたら、いったいこの極東の抑止力はどうなるのか。

 

 

今必要なのは、日本国民の鳩山・小沢政権に対するNO!

平和を唱えて、自ら危険を呼び込んでいる。取り返しのつかないことになる前に、賢明な判断が必要だ。こんな重要な時にマスコミは本当のことを言わない。

このように、米側は、鳩山政権に対しても怒っているが、日本国民の世論、選択にも呆れている。私たち国民は、状況をきちんと見て、鳩山政権に大きな声でNOを言わねばならない。

今、日米同盟破棄の危機

日米同盟最大の危機

絵空事を並べる民主政権に、ルース米大使が激怒。岡田外相、北沢防衛相面前で、顔を真っ赤にして怒号を浴びせた。普段穏やかだとされるルース米大使がだ。

 

今、日米同盟最大の危機である。

 

普天間移設の年内決着断念。全機能をグアムへ移設する可能性をにおわす鳩山首相。国内では「海外移転よりは関空へ」と橋下大阪府知事。議論の余地が広がったとする社民党。

 

普天間は、海兵隊の基地だ。

 

海兵隊は、初動が命である。陸海空の機能を兼ね備え、大統領直轄で指示ができる。機動性こそ命なのだ。今、沖縄にあるのは、拡大する中国の影響力、北朝鮮の動向、この極東の事情を考えるに、そこに展開するしかないから「いてもらってる」のだ。

 

そもそも選択の余地はない。

 

その海兵隊の一部機能を「関空へ」だとか、「議論、選択の余地が広がった」とするのは、さらにアメリカの心情を逆撫でする。「バカにしてるのか」と。

そもそも選択の余地などない。日本のために駐留しているのに、ふざけるのもいい加減にしろと。堪忍袋の緒が切れるのは当然のことだろう。

 

鳩山政権の「沖縄放棄宣言」

米側としては、最大限の譲歩をしての辺野古代替施設移設、グアム司令部移設。ちゃんと周辺住民の意向を受け、すでに決定している。首相が口をすべらせた、「全機能グアム移転」などは、有事の際、展開が遅れ沖縄を守れない。要するに「沖縄いりません」と言っているようなものだ。いや完全に沖縄放棄宣言である。

一方、橋下知事の関空発言も、「国内に米軍の基地があればいいんでしょ?」という発想から出ているではないのか。在日米軍は必要だから、他の自治体が嫌なら、関空の余っている場所を使ってもらいましょうと、一見、善意ある発言のように見えるが、明らかに無知からくる偽善である。繰り返すが、普天間は「海兵隊」なのである。初動がすべてであり、沖縄以外にないのだ。橋下知事の発言は、事態をさらに混乱させ、米側、世界へ日本の不見識をさらけ出しているようなものだ。

本当に日本の国防を思うなら、「関空に、韓国、台湾有事に備える、さらなる増兵部隊を」と言うべきだろう。

 

米軍撤退?

そもそも2003年頃から、米軍の中にも在外米軍撤退論はあった。当時の米国防長官ラムズフェルドが「地元に歓迎されていない在外米軍は撤退させる」と繰り返し述べていた。その中で、普天間基地撤退論も浮上。当時、小泉元首相も県外移設論を持っていたが、この撤退論を聞いて驚いた。在日米軍が撤退したら、憲法九条に束縛された自衛隊しか日本にはない。抑止力の消滅である。

そもそもが日米安保条約は、米側のみ兵隊の命をかけた片務性の高い条約である。それが背景にあるにもかかわらず、インド洋給油の代わりの貢献案もおぼつかず、アフガン派兵をチラつかせてみては、取り下げてみたり。

鳩山論文では市場原理主義と米国を名指しで批判だ。

マスコミは報じないが、もう日米関係は完全に冷え切っている。「全軍撤退? そんなのありえるわけないじゃん」と世論は言うかもしれないが、米国が極東から一斉に撤退する可能性だってあるのではないか。その時に、軍隊を持たない日本はどうする? 中国の傘下に入るしかないのか?

それもよいかもしれない。言論の自由がいらないのならば。

 

もちろん、沖縄の方には最大限の考慮をするべきだ。それを担保しながら、極東の事情を考慮しつつバランスを維持するのが政治家の仕事だろう。今やっていることは、国内、いや民主政権の事情による保身でしかない。

 

年内に日米合意に基づいた結論を出す──。

 

議論の余地などそもそもない。これ以外に道はないのだ。

 

 

参考:普天間移設、利権構造も検証を

参考:ルース米大使が日本側に激怒 岡田外相らの面前で大声張り上げる 普天間移設の年内決着断念で

参考:普天間で優柔不断・先送りを競う小泉、鳩山

 

敵基地先制攻撃とは何か

国防について素人なりにいろいろ調べてみたところ、敵基地攻撃について勉強不足のところがあったので、まとめてみた。

敵基地攻撃については三段階で考えないといけないということがわかった。

麻生首相の見解はこうだ。 

麻生太郎首相は26日夕、北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について「一定の枠組みを決めた上で、法理上は攻撃できるということは昭和30年代からの話だ」と述べ、法的には可能との認識を示した。 敵基地攻撃、法的に可能=能力保有には言及せず-麻生首相(時事通信) -

【麻生首相ぶら下がり詳報】「敵基地攻撃、法理上はできる」(26日夜)

昭和30年代からの話だというのは、当ブログでも以前投稿した鳩山一郎氏の国会答弁からである。

これが結構わかりにくい。敵基地攻撃については以下の三段階で考えるとすっきりするということがわかった。

「予防攻撃」–相手が武力攻撃に着手していない段階での予防的攻撃

「攻勢防御」–相手の武力攻撃着手を確認した段階での自衛的攻撃

「反撃(反攻策源地攻撃)」–相手に攻撃された後の第二撃からの自衛的攻撃

マスコミなどは、この予防攻撃と攻勢防御を混同して報道をする。これが海外に喧伝されると、なんだ日本は軍事大国の道を歩むのかと、また非難がくるというパターンだ。

ちなみに、予防攻撃は国際法上認められていないが、攻勢防御はなんら問題はない。当たり前の自衛権だ。

自民は保守政党として責任を果たすべく、きちんと安全保障の問題を考えているようだ。憲法九条に対しても、きちんと改正に向けて論議がなされている。方向性としては改憲だ。ではなぜ、その足かせとなる憲法九条を改正するにまでいたらないのか。それを以下の表でまとめてみた。

  自民 民主 幸福
憲法九条改正
 001_09
目指す(公明党は1項2項堅持で3項加憲論)
 001_05
しない
 001_09
する
集団的自衛権
 001_05
米国艦隊護衛を明記(公明党は認めず)
 001_05
保有するが行使せず
 001_09
行使する
敵基地攻撃論
 001_09
攻勢防御・反撃可。(公明党は反対)
 001_05
友愛・外交力で
 001_09
攻勢防御・反撃可
日米安保
 001_09
堅持
 001_05
対等な日米関係・基地移設。給油活動不鮮明
 001_09
堅持
核兵器について
 001_05
核廃絶を目指す・日米安保堅持
 001_05
非核三原則を法制化、オバマ大統領説得・米国の核のみを問題視
 001_05
核廃絶を目指す・日米安保堅持

結局のところ、憲法九条が足かせとなり、すべてにおいて解釈論、加憲論となってしまうのが現状ではないだろうか。

これではすっきりしないから、もう改正しましようよというのが幸福だ。比較しやすいので自民、民主とともに並べてみた。

これを見比べると、やはり現実的なのは保守勢力であると思う。民主党は憲法九条を保持したまま、米国との距離を置いている。非核三原則を法制化して孤立してしまっては、いきなり日本は核の脅威にさらされる。

中には前原氏のような議員もいるが、圧殺されているところを見ると、民主党の立場は明らかだ。国民の安全を守れない無責任政権である。

幸福は九条を改正し、解釈論ではなくすっきりさせようと言っているので、集団的自衛権も行使できる立場である。ただし、これで誤解を生んでいるようだが、核は拡散するつもりはなく、2040年を目標に「侵略目的を持つ国家の核の廃絶を最優先に目指します」とある。そのための日米安保堅持。あくまでも自衛と自立のための憲法九条改正であるようだ。

 

参考:

敵基地攻撃論が「予防的先制攻撃」でないことは10年前から明らかだった

敵基地攻撃論の限界

自民、敵基地攻撃能力保有を了承 予防的先制攻撃は行わず 

幸福実現党マニフェスト

選択の焦点(2)外交・安保 民主「対等な日米関係」 自民は自衛隊派遣恒久法

公明幹部「体を張って止める」 敵基地攻撃と船舶検査新法

「我々は集団的自衛権は認めない」─公明・太田代表

 

鳩山一郎元総理当時、敵地先制攻撃は当たり前だった

専守防衛では本土が火の海

私の国防に関する考え方は、幸福と同じ。もし、他国が日本に向けてミサイルを発射することが明確になったなら、その敵基地ミサイルを敵地先制攻撃で叩く、という「姿勢」を明確に示すこと。これが国の安全保障、戦争の抑止につながると思っている。

これに対して、今の日本は専守防衛である。

日本が敵国から攻撃を受けた段階で初めて攻撃ができる。これでは本土決戦以外に道はない。日本が戦場になるんです。これが必至ということだ。

ではこの専守防衛という考え方はどこからでてきたか。防衛白書にでてきたのは、1970年中曽根さんが防衛庁長官だった時。

それ以降、左派の圧力に負けて応えたこの言葉が、今の日本の立場を決定づけている。

以前の投稿にも書いたが、仮に北朝鮮がミサイルを発射したとしても、どこに向けて撃ったのか軌道を把握しないかぎり何もできない。集団的自衛権の問題もあるからだ。まさしく、日本国民が何十万人も生命を失わないかぎり反撃ができないのだ。

 

鳩山一郎元総理当時は敵地先制攻撃が当たり前

さて、では、戦後ずっと専守防衛の考え方が主流だったかというとそうではない。これは日本独特の奇異な考え方で、国際的に異常な考え方だからだ。

民主党の鳩山党首の祖父、鳩山一郎元総理はこう言っている。

「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限の措置をとること、たとえば、誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものだと思います。」(1956年2月29日、衆議院内閣委員会、鳩山一郎総理答弁を船田中防衛庁長官が代読)

ようするに、仮に北朝鮮が、ミサイルを日本に発射することが明確になった場合、その敵基地を先取攻撃して日本への着弾を防衛するのは、自衛としてなんら問題がない」ということ。

これが世界の常識だ。韓国も敵地先制攻撃を公言している。

それを日本でいうと、「そんなバカな、戦争をしたいのか」と言われる。ものすごい刷り込みである。ほぼ全員に言われるのですよ? それも嘲笑。

この鳩山一郎元首相の弁を見ると、戦後教育の刷り込みのない状態では、攻撃を名言している敵基地を先に叩くのは、なんらおかしい発想ではないということ。

 

今の民主党のマニフェストを見た時、鳩山一郎元総理はなんと言うだろう。うちの孫は日本を守る気がないとかと、大いに嘆くのではないだろうか。 

8.30のラップの歌 うまいことつくるなー

8.30は前回の郵政選挙よりも、日本の重大な岐路だ。

政権交代という象徴のあとに、国の向かう方向が決定づけられるからだ。

ということで、なんかうまいこと言ってるラップの歌があったのではっときまーーす。

ちょっと右よりの歌かもしれないけど、的確に今の問題点をついてるんじゃないかな?

ほんと、彼に歴史を教えてあげてよドラえもん。。

うまいことつくるなーー。

もう一つの政権交代ストーリー

新しい選択

このたびの選挙は政権選択選挙だという。

マスコミの構図では自民vs民主。だが、もうひとつマスコミが言わない政権交代のストーリーがある。

このたびの各党の候補者数を見てみると、自民326名、公明51名、民主330名、共産171名、幸福337名。

これを見ると政権が取れるのは民主党だけではない。実は幸福も全員当選したら政権交代ができるのだ。

しかも、保守から保守へ。民主への政権交代で政局が左に極端に揺れるのではない。景気回復を全面に打ち出した政権が誕生するのだ。

そんな結党したての、素人集団に何ができるとお思いだろう。しかし、今マスコミが煽動している政権交代の相手は、民主党である。文部科学省大臣に日教組出身者がおさまる可能性もあれば、国家主権の移譲もしちゃう。政策もめちゃくちゃだ。日本はきわめて左に振れる。

綻びだらけの保守か、さらに綻びだらけの反保守か。それとも経験はないが、新しい保守本流政党か。国民の前には、もう一つの新しい選択があるのである。

まあ、全員当選というのは極論だが、もし自公の体たらくに制裁のつもりで投票する票があるならば、保守的立場を維持しながら、もうひとつ選択肢があるということだ。

そうすれば、日本という国は、健全に保守体制を維持しながら、景気対策、国防を議論、対策できる。

財政に関しては、財政危機ってどこが?で述べた通りである。今つぶれそうなのは政府であり、国民ではない。国民は政府の誤った経済政策で消費が滞って景気が停滞しているだけだ。ぽっと出の政党でも、景気さえよくしてくれるならばなんとかなる。

マスコミのみの情報で空気で二者択一の選択をするのか、自分の目で見て、考え、日本の将来のために新しい選択肢を考慮するのか。

今、真摯にその選択をしなければならない。未来がかかっている。

社会主義国の核と非核三原則

ソ連も絶句した中国の核開発

中国の核開発は、ソ連をも絶句させたという。

フルシチョフは米ソ冷戦の際限のない核開発競争の中で「このままでは人類絶滅」と見て核の拡散を恐れ西側との共存の道を模索した。

そのフルシチョフに、「社会主義国の核兵器は正義の兵器」「社会主義国の核兵器は多ければ多いほどよい」と言ったのは毛沢東

この中国の核開発の執念ともいうべき国家戦略は、中ソの関係を悪化させてまで、断行するほどのものだった。事実、核開発を断行する中国に対してソ連は「ソ連の傘におとなしく入っていればよいではないか」との要求をしたが、断固として中国はそれを中国の主権を脅かすものとして拒否した。

中国は、ソ連との同盟を反故にしても、社会主義陣営を離脱、自国の安全保障を危機にさらしても、核開発を断行したのである。

 

「両弾一星」というスローガンがあるという。

 

両弾とは、原爆、水爆。一星というのは人工衛星。人工衛星とは、弾道ミサイルを発射するロケットを意味する。

 

中国の姿勢は一貫している。軍拡であり、領土拡張。いや、中国側からみたら失地回復であろうか。

中国が一番輝いていた時代。清王朝が影響を及ぼしていた領土。中華帝国の復興である。

そんなことをしたら、国際社会が黙ってはいないだろう。中国は孤立して国家の存亡にかかわるのではないか? との意見もあるだろうが、前述したとおり、中国は当時のソ連と対立してまで、核を保有し、自国の目的を達成しようとしている。

毛沢東は「中国は人口が六億人(当時)いるから、仮に原水爆で半数が死んでも、三億人が生き残る。何年かたてばまた六億人になり、もっと多くなるだろう」とフルシチョフに語ったそうだ。社会主義国にとっての戦争とはこのようなものだ。全体は個に優先する。その目的が国民の安全ではないからだ。目的は、中華帝国の復活である。

 

国際情勢をなぜか伝えない政治家とマスコミ

その国際情勢をふまえると、民主の主張には驚かされる

鳩山党首が、フジテレビの「新報道2001」などの番組で、繰り返し、「非核三原則について、政権獲得後にオバマ米大統領と会談し、核を日本国内に持ち込ませないよう説得する」考えを表明していること。「普天間飛行場の県外、国外への移設」を提案していること。

今、脅威なのは、「社会主義国の核」なのである。個より全体が優先するイデオロギーの国家が握っている核のボタンである。このような発言、行使は、自ら戦争を呼び込んでいるのではないのか。

頼りの国連も米軍も、いざという時に本当に助けてくれるのか。この国は、集団的自衛権 あいまいな民主でも書いたが、集団的自衛権も、あいまいできわめて片務性の高い条約にしてしまい、味方がほとんどいない国だ。

政治家のみなさんの現状認識に疑問を感じる。素人の私ですら、今の状況には危機感を感じている。プロであるはずの政治家、さらには一党の党首やマスコミが、このような認識でよいのか。とても不安に感じる。

 

集団的自衛権 あいまいな民主

立場をはっきりさせない民主 

「北朝鮮による核兵器やミサイルの開発を止めさせ、拉致問題の解決に全力をあげます」これが民主党の対北朝鮮対策、ならびに集団的自衛権に対する答えである。

卑怯だ。

全力をあげます。とは都合のよい言葉。何も具体的な策は提示されていない。

憲法がさまざまな形で解釈できるのを見ると、拉致問題の解決に全力をあげます。という文言も、「拉致問題をうやむやにするのに全力をあげます」ではないのかと揶揄されても仕方がない。それほどまでに曖昧だ。

また、「核兵器やミサイルの開発を止めさせ」とあるが、どのようにして止めさせるのか。友愛で北朝鮮政府が説得できるのだろうか。

民主がこれほどまでに具体案を示せないのは、左派勢力の圧力にある。

そもそもの成り立ちが左の寄せ集め。具体策が示せるはずもない。できるだけここには触れたくない。だが、国家、国民の安全を保障するのが政府の仕事なら、曖昧にできる問題ではない。

 

存在するが使えない?

これまで、集団的自衛権は、「国際法上『保有』するが、憲法上『行使』し得ない」と解釈されてきた。

ようするに、「存在はするけど、使えないってこと」。

米国艦隊、もしくは米国が弾道ミサイルによって攻撃を受けても、そこにある日本の護衛艦は何もできない。赤っ恥どころか、異常な事態だ。

まあ、もとより大きな矛盾を抱えた規定だ。これが世界から日本が信頼されない理由の一つである。なので政府はイラク派兵など、ごまかしつつ運用していた。

民主党鳩山代表の立場は、やはりそのままの解釈「国際法上『保有』するが、憲法上『行使』し得ない」という立場である。

米国艦隊の護衛をマニフェストに記載した自民よりも融通がきかない。左派勢力にがっちり支配されている。

その立場を具体的に説明すると、米国側は日本を守れるが、日本は、弾道ミサイルの迎撃のために公海上展開している米国艦隊を防護できないし、米国に向かうミサイル迎撃もできない。憲法上『行使』し得ないからだ。

攻撃を受ける米国艦隊の真横で、傍観しているしかなく、世界から「なんだあれ」とうつるだろう。

また、発射されたミサイルの軌道を分析しないことには、それがどこを狙っているのかもわからないではないか。法律上迎撃できない。やはり、一発日本に落ちてからでないと、個別自衛権も行使できないではないか。

これは、攻撃する側にとっては、まことに都合のよい法律だ。

 

毅然とした態度を示すことが戦争抑止になる

よく、日本が集団的自衛権を行使して、米国とともに戦争に突入したら、太平洋戦争の二の舞ではないかという意見を聞く。

ちょっと待ってください。今の丸腰の矛盾だらけの状態こそ、他国の侵略の機会を許しているのではないのか。

たまたま米国の傘で守られていた国である。歴史上、他国の傘で永久に守られた国などない。自分の国を自分で守れない国は、そのうちなくなるのが自然の摂理だろう。

その米国の目に、「一方的に守ってるのに、いざとなっては守ってくれない国」はどのようにうつっているだろう。そんな自分の都合だけを主張するパートナーは、いずれ愛想がつきるのではないか。まあよく、今まで守ってきてくれたもんだ。それは、太平洋の覇権に関する極東にこの国は位置するからだ。

自国の安全保障について立場をはっきりするのは、軍事大国への道ではない。戦争抑止のためである。また、外交においても、遠交近攻で、隣接する国の周囲複数の国と同盟を深めなければならない。それがおこりえる悲劇に対する抑止の一つだ。

平和憲法を唱えているだけでは、「無責任」だ。

中道を模索する

中道とは険しい道

中道という言葉がある。

仏教用語だが、政治的立場にも使う。

以前、仏教学者であるひろさちや氏が、「中道とはいいかげんなこと」と説明したが、とんでもない。

ひろさちや氏は、中道ということを言葉じりのみを受けて、ほどほどという認識にしか取れず、結論的に「いいかげん」なことと導きだしたようだ。

ほどほどのいいいげんな立場を、釈迦が弟子たちに厳しい道として修行させたと思うのか。そんなのは怠け者の詭弁で、精神的格闘はない。

釈迦が説いた中道という精神を会得するのに、数々の名だたる僧侶たちが、厳しい修行をしてきたのだ。そんな簡単な、安易な道であるはずがなかろう。

現代の進歩的だと称する人々は、このような安易な考えで、歴史を簡単に軽んずる。

 

本来、中道とは、「極端を廃する」という精神的立場を意味する。

人はさまざまな情報や、立場の中で、自らの立場を決める。さまざまな分野、いろんな主張があるので、どれが正しいのか見極めるのは困難だろう。その中で、一つひとつ丁寧に極端を廃していき、剣が峰のような中道の立場を選択して進んでいくことを、本来「中道」というのだ。

ゆえに、中道とは「正しき道」という意味である。

政治的立場もそうだろう。

多くの大衆の意見が形成され政党ができあがり、その主張は千差万別である。

その中で、各自、極端を見極め、排除していかなければならない。やはりその立場は剣が峰。賢明な判断が必要だ。

仏道修行ではないが、それなりの努力が必要で、ある日突然よい政治が空から降ってくるものではない。この国は民主主義だからだ。

その民主主義の主役である大衆が、知的立場を峻別する作業を怠けていては、空から降ってくるのは衆愚政治である。

江戸時代にも、何度も大衆が衆愚化して、体制が危機に陥ったことが多々あった。飢饉などの時がそうだ。そんな時に活躍したのがお寺などの機能である。

僧侶は、大衆を知的に訓練した。それは反体制でもなく、体制側からの洗脳でもない。教養を深めることで、今、個人と全体にとって、どういった立場が正しいのか、その中道を見極めよと指導した。ある一定の偏った知識ではなく、教養を身につけた衆生が、時の崩壊を防いだ。その延長線上に現代の平和がある。

例を出した江戸時代にも、そうした教師への尊崇の念があった。だから、道が拓けたのだ。今はどうだろう。江戸時代以下ではないか。

民主主義を担保するものは、軽薄なマスコミ型知識ではなく、大衆の教養である。

形而下のみの事象をもって民主主義はなりたたない。形而上の精神があってはじめて民主主義は議論すべきではないのか。

形而上を無視してしまったから、ばら撒きしかでてこない。プラトンが危惧した衆愚だ。

この国に保守と言われるものは、もう残り少ない。

この新しい選択は、その峻別の選挙だと私は思う。

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