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海兵隊不要論と小沢の本音

小沢

民主党代表選に伴って、小沢一郎が「沖縄に海兵隊の実践部隊はいらない」との認識を発表した。
これはもともと「米国のプレゼンスは第七艦隊だけでいい」という意思を繰り返してきただけあって、小沢の自説である。

では、この発言の先に何があるのか。
それは以前、拙ブログでも考えてみたことがある。

小沢さんのやりたい事
http://mirai-yukue.net/509.html

もともと小沢氏は保守政治家であり、九条改憲(加憲)論者である。
占領下に米国に押し付けられた憲法では、独立国として成り立たないと思っている。

そして、国家元首を天皇と明記した後で、国際貢献できる独自の軍隊を創設すること。 この小沢流国連常備軍の創設が、小沢憲法試案の真骨頂である。

これが何を示しているかというと、米国からの独立と、自衛隊を正式な国軍にするということ。そのまま言うと、マスコミが騒ぐから、「国連」という枕をつけたのではないだろうか。

だから、「沖縄海兵隊が必要ない」という言葉の背景には、「本格的に九条改正(または加憲)、そして正式な軍隊が必要だ」という意味が隠れている。

おそらく、現在の片務的な日米同盟を卒業して、文字通り対等な同盟を構築する、ということだろう。

ここまでは、「普通の国」として問題はないと思う。
むしろ明確な指針として、今の日本では勇気がないと提示できない内容で、さすがは剛腕と評価できる。
しかし、気をつけるべきは以下の二点。

・民主党で九条が改正できるのか。
・沖縄での米国のプレゼンスは本当に不要か。

国会もねじれ、そもそも民主党議員が、九条にメスを入れられるのか。まずそれは無理。
沖縄の米国によるプレゼンスは、日本の防衛のみならず、東アジア全体の軍事バランスを保っている。小沢氏の言うように、第七艦隊のみでよいということは、日本に駐留する米軍は一切いらないということ。

まず無理に見えるが、まあ気概としてはよしとしたい。

そして、小沢氏と言えば、先般の派手な中国詣でが気になる。

これについては、小沢一郎の守護霊であるインドの阿闍世王によると、中共寄りの外交態度に一定の反省が伺われる。
まあ守護霊の弁なので、ご本人にどの程度伝わっているかはわからないが、守護霊の強烈な意思があれば、本人もそちらの方向にある程度は流されるだろう。
小沢氏本人も語っている通り、日米同盟を基軸に、国軍創設を模索するという感じだろうか。
これについては、すでに発刊されているので、小沢氏の本心として手にとって読んでみたらいいと思う。
小沢2
小沢一郎の本心に迫る
―守護霊リーディング―

要するに、米国のプレゼンスがなくなった場合、私たち日本はどう決断せねばならないのか。ただし、小沢氏の言うとおり、世論対策に軍隊に「国連」と枕詞をつけるのはいかがなものだろうか。私軍になりかねはしないか。キチンと正々堂々と、国軍としての立場を憲法に明記すべきだと思う。
ごまかしだらけの日本の政治。ここで終止符としたい。

今日の一言:
まあ、菅で日本が崩壊するより小沢さんで。

8月31日の管理人が気になった記事

ブックマーク

もし小沢さんがのんだら大義はありません。

外需依存度から今の円高を見る。中長期的には強い円が大切。

昔は腕くらい再生できたらしい。今はむしろ退化してる。

今日の一言:
今日は東京と神戸から友人がくるー。
迎えにいかんといかん。

できなくても、できても公約違反の民主政権

大きな政府にならざるをえないではないか

私の周りでも、民主党政権に期待している人はいない。皆無といってもいい。

不思議なことに日本人は、やはりとても行儀のよい民族である。自分たちが選択した結果に、きちんと責任を感じて、いかに悪政が敷かれようとも、黙して受け入れるような人たちばかりだ。

目下のところでは、一連の民主党マニフェストを実現するに対して、予算が足りないとして、概算要求の増額だ。

そりゃそうだろう。あれだけ声たからかに、掲げた公約である。守ってもらわなくては困る。困るのだが、そのために予算が増額されるならば、無駄使いの廃止も公約ではなかったか。

矛盾だらけのマニフェスト。実行しなければ公約違反だが、実行しても公約違反である。

ハネムーン期間が終わりに近づくにつれ、マスコミ諸氏もいよいよつつき始めた。

民主党のマニフェストが、膨大な国家予算が必要なのは、一見しただけでわかるはずだ。こうなることは始めからわかっていた。

つつき始めたマスコミ。こうなることは選挙前からわかっていただろう。

なぜ、だまっていた。

わかっていたのにもかかわらず、民主政権を誕生させ、そしてそれを叩く。

もうこのような構図はやめなければならない。日本は今、瀬戸際なのである。

このままでは、ますます大きな政府となる。税金がかさみ、自由の国ではなくなる。マスコミが選挙前に確信犯的に民主政権を推したのは許されることではないが、もう過去のこと。きちんとこの政府が公約を実行したら日本はどうなるのか。正しい情報を報道をするべきだ。大衆の興味をひくための報道の仕方を止め、国益のための報道をしてほしい。

 

国民を守る視点がない

予断だが、概算要求の増額のニュースの影に、防衛費は削減とある。北朝鮮が挑発してきているさなかに、国防は縮小である。本当にこの国を守る気があるのか。日本は漂流中である。

敵基地先制攻撃とは何か

国防について素人なりにいろいろ調べてみたところ、敵基地攻撃について勉強不足のところがあったので、まとめてみた。

敵基地攻撃については三段階で考えないといけないということがわかった。

麻生首相の見解はこうだ。 

麻生太郎首相は26日夕、北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について「一定の枠組みを決めた上で、法理上は攻撃できるということは昭和30年代からの話だ」と述べ、法的には可能との認識を示した。 敵基地攻撃、法的に可能=能力保有には言及せず-麻生首相(時事通信) -

【麻生首相ぶら下がり詳報】「敵基地攻撃、法理上はできる」(26日夜)

昭和30年代からの話だというのは、当ブログでも以前投稿した鳩山一郎氏の国会答弁からである。

これが結構わかりにくい。敵基地攻撃については以下の三段階で考えるとすっきりするということがわかった。

「予防攻撃」–相手が武力攻撃に着手していない段階での予防的攻撃

「攻勢防御」–相手の武力攻撃着手を確認した段階での自衛的攻撃

「反撃(反攻策源地攻撃)」–相手に攻撃された後の第二撃からの自衛的攻撃

マスコミなどは、この予防攻撃と攻勢防御を混同して報道をする。これが海外に喧伝されると、なんだ日本は軍事大国の道を歩むのかと、また非難がくるというパターンだ。

ちなみに、予防攻撃は国際法上認められていないが、攻勢防御はなんら問題はない。当たり前の自衛権だ。

自民は保守政党として責任を果たすべく、きちんと安全保障の問題を考えているようだ。憲法九条に対しても、きちんと改正に向けて論議がなされている。方向性としては改憲だ。ではなぜ、その足かせとなる憲法九条を改正するにまでいたらないのか。それを以下の表でまとめてみた。

  自民 民主 幸福
憲法九条改正
 001_09
目指す(公明党は1項2項堅持で3項加憲論)
 001_05
しない
 001_09
する
集団的自衛権
 001_05
米国艦隊護衛を明記(公明党は認めず)
 001_05
保有するが行使せず
 001_09
行使する
敵基地攻撃論
 001_09
攻勢防御・反撃可。(公明党は反対)
 001_05
友愛・外交力で
 001_09
攻勢防御・反撃可
日米安保
 001_09
堅持
 001_05
対等な日米関係・基地移設。給油活動不鮮明
 001_09
堅持
核兵器について
 001_05
核廃絶を目指す・日米安保堅持
 001_05
非核三原則を法制化、オバマ大統領説得・米国の核のみを問題視
 001_05
核廃絶を目指す・日米安保堅持

結局のところ、憲法九条が足かせとなり、すべてにおいて解釈論、加憲論となってしまうのが現状ではないだろうか。

これではすっきりしないから、もう改正しましようよというのが幸福だ。比較しやすいので自民、民主とともに並べてみた。

これを見比べると、やはり現実的なのは保守勢力であると思う。民主党は憲法九条を保持したまま、米国との距離を置いている。非核三原則を法制化して孤立してしまっては、いきなり日本は核の脅威にさらされる。

中には前原氏のような議員もいるが、圧殺されているところを見ると、民主党の立場は明らかだ。国民の安全を守れない無責任政権である。

幸福は九条を改正し、解釈論ではなくすっきりさせようと言っているので、集団的自衛権も行使できる立場である。ただし、これで誤解を生んでいるようだが、核は拡散するつもりはなく、2040年を目標に「侵略目的を持つ国家の核の廃絶を最優先に目指します」とある。そのための日米安保堅持。あくまでも自衛と自立のための憲法九条改正であるようだ。

 

参考:

敵基地攻撃論が「予防的先制攻撃」でないことは10年前から明らかだった

敵基地攻撃論の限界

自民、敵基地攻撃能力保有を了承 予防的先制攻撃は行わず 

幸福実現党マニフェスト

選択の焦点(2)外交・安保 民主「対等な日米関係」 自民は自衛隊派遣恒久法

公明幹部「体を張って止める」 敵基地攻撃と船舶検査新法

「我々は集団的自衛権は認めない」─公明・太田代表

 

鳩山一郎元総理当時、敵地先制攻撃は当たり前だった

専守防衛では本土が火の海

私の国防に関する考え方は、幸福と同じ。もし、他国が日本に向けてミサイルを発射することが明確になったなら、その敵基地ミサイルを敵地先制攻撃で叩く、という「姿勢」を明確に示すこと。これが国の安全保障、戦争の抑止につながると思っている。

これに対して、今の日本は専守防衛である。

日本が敵国から攻撃を受けた段階で初めて攻撃ができる。これでは本土決戦以外に道はない。日本が戦場になるんです。これが必至ということだ。

ではこの専守防衛という考え方はどこからでてきたか。防衛白書にでてきたのは、1970年中曽根さんが防衛庁長官だった時。

それ以降、左派の圧力に負けて応えたこの言葉が、今の日本の立場を決定づけている。

以前の投稿にも書いたが、仮に北朝鮮がミサイルを発射したとしても、どこに向けて撃ったのか軌道を把握しないかぎり何もできない。集団的自衛権の問題もあるからだ。まさしく、日本国民が何十万人も生命を失わないかぎり反撃ができないのだ。

 

鳩山一郎元総理当時は敵地先制攻撃が当たり前

さて、では、戦後ずっと専守防衛の考え方が主流だったかというとそうではない。これは日本独特の奇異な考え方で、国際的に異常な考え方だからだ。

民主党の鳩山党首の祖父、鳩山一郎元総理はこう言っている。

「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限の措置をとること、たとえば、誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものだと思います。」(1956年2月29日、衆議院内閣委員会、鳩山一郎総理答弁を船田中防衛庁長官が代読)

ようするに、仮に北朝鮮が、ミサイルを日本に発射することが明確になった場合、その敵基地を先取攻撃して日本への着弾を防衛するのは、自衛としてなんら問題がない」ということ。

これが世界の常識だ。韓国も敵地先制攻撃を公言している。

それを日本でいうと、「そんなバカな、戦争をしたいのか」と言われる。ものすごい刷り込みである。ほぼ全員に言われるのですよ? それも嘲笑。

この鳩山一郎元首相の弁を見ると、戦後教育の刷り込みのない状態では、攻撃を名言している敵基地を先に叩くのは、なんらおかしい発想ではないということ。

 

今の民主党のマニフェストを見た時、鳩山一郎元総理はなんと言うだろう。うちの孫は日本を守る気がないとかと、大いに嘆くのではないだろうか。 

8.30のラップの歌 うまいことつくるなー

8.30は前回の郵政選挙よりも、日本の重大な岐路だ。

政権交代という象徴のあとに、国の向かう方向が決定づけられるからだ。

ということで、なんかうまいこと言ってるラップの歌があったのではっときまーーす。

ちょっと右よりの歌かもしれないけど、的確に今の問題点をついてるんじゃないかな?

ほんと、彼に歴史を教えてあげてよドラえもん。。

うまいことつくるなーー。

社会主義国の核と非核三原則

ソ連も絶句した中国の核開発

中国の核開発は、ソ連をも絶句させたという。

フルシチョフは米ソ冷戦の際限のない核開発競争の中で「このままでは人類絶滅」と見て核の拡散を恐れ西側との共存の道を模索した。

そのフルシチョフに、「社会主義国の核兵器は正義の兵器」「社会主義国の核兵器は多ければ多いほどよい」と言ったのは毛沢東

この中国の核開発の執念ともいうべき国家戦略は、中ソの関係を悪化させてまで、断行するほどのものだった。事実、核開発を断行する中国に対してソ連は「ソ連の傘におとなしく入っていればよいではないか」との要求をしたが、断固として中国はそれを中国の主権を脅かすものとして拒否した。

中国は、ソ連との同盟を反故にしても、社会主義陣営を離脱、自国の安全保障を危機にさらしても、核開発を断行したのである。

 

「両弾一星」というスローガンがあるという。

 

両弾とは、原爆、水爆。一星というのは人工衛星。人工衛星とは、弾道ミサイルを発射するロケットを意味する。

 

中国の姿勢は一貫している。軍拡であり、領土拡張。いや、中国側からみたら失地回復であろうか。

中国が一番輝いていた時代。清王朝が影響を及ぼしていた領土。中華帝国の復興である。

そんなことをしたら、国際社会が黙ってはいないだろう。中国は孤立して国家の存亡にかかわるのではないか? との意見もあるだろうが、前述したとおり、中国は当時のソ連と対立してまで、核を保有し、自国の目的を達成しようとしている。

毛沢東は「中国は人口が六億人(当時)いるから、仮に原水爆で半数が死んでも、三億人が生き残る。何年かたてばまた六億人になり、もっと多くなるだろう」とフルシチョフに語ったそうだ。社会主義国にとっての戦争とはこのようなものだ。全体は個に優先する。その目的が国民の安全ではないからだ。目的は、中華帝国の復活である。

 

国際情勢をなぜか伝えない政治家とマスコミ

その国際情勢をふまえると、民主の主張には驚かされる

鳩山党首が、フジテレビの「新報道2001」などの番組で、繰り返し、「非核三原則について、政権獲得後にオバマ米大統領と会談し、核を日本国内に持ち込ませないよう説得する」考えを表明していること。「普天間飛行場の県外、国外への移設」を提案していること。

今、脅威なのは、「社会主義国の核」なのである。個より全体が優先するイデオロギーの国家が握っている核のボタンである。このような発言、行使は、自ら戦争を呼び込んでいるのではないのか。

頼りの国連も米軍も、いざという時に本当に助けてくれるのか。この国は、集団的自衛権 あいまいな民主でも書いたが、集団的自衛権も、あいまいできわめて片務性の高い条約にしてしまい、味方がほとんどいない国だ。

政治家のみなさんの現状認識に疑問を感じる。素人の私ですら、今の状況には危機感を感じている。プロであるはずの政治家、さらには一党の党首やマスコミが、このような認識でよいのか。とても不安に感じる。

 

集団的自衛権 あいまいな民主

立場をはっきりさせない民主 

「北朝鮮による核兵器やミサイルの開発を止めさせ、拉致問題の解決に全力をあげます」これが民主党の対北朝鮮対策、ならびに集団的自衛権に対する答えである。

卑怯だ。

全力をあげます。とは都合のよい言葉。何も具体的な策は提示されていない。

憲法がさまざまな形で解釈できるのを見ると、拉致問題の解決に全力をあげます。という文言も、「拉致問題をうやむやにするのに全力をあげます」ではないのかと揶揄されても仕方がない。それほどまでに曖昧だ。

また、「核兵器やミサイルの開発を止めさせ」とあるが、どのようにして止めさせるのか。友愛で北朝鮮政府が説得できるのだろうか。

民主がこれほどまでに具体案を示せないのは、左派勢力の圧力にある。

そもそもの成り立ちが左の寄せ集め。具体策が示せるはずもない。できるだけここには触れたくない。だが、国家、国民の安全を保障するのが政府の仕事なら、曖昧にできる問題ではない。

 

存在するが使えない?

これまで、集団的自衛権は、「国際法上『保有』するが、憲法上『行使』し得ない」と解釈されてきた。

ようするに、「存在はするけど、使えないってこと」。

米国艦隊、もしくは米国が弾道ミサイルによって攻撃を受けても、そこにある日本の護衛艦は何もできない。赤っ恥どころか、異常な事態だ。

まあ、もとより大きな矛盾を抱えた規定だ。これが世界から日本が信頼されない理由の一つである。なので政府はイラク派兵など、ごまかしつつ運用していた。

民主党鳩山代表の立場は、やはりそのままの解釈「国際法上『保有』するが、憲法上『行使』し得ない」という立場である。

米国艦隊の護衛をマニフェストに記載した自民よりも融通がきかない。左派勢力にがっちり支配されている。

その立場を具体的に説明すると、米国側は日本を守れるが、日本は、弾道ミサイルの迎撃のために公海上展開している米国艦隊を防護できないし、米国に向かうミサイル迎撃もできない。憲法上『行使』し得ないからだ。

攻撃を受ける米国艦隊の真横で、傍観しているしかなく、世界から「なんだあれ」とうつるだろう。

また、発射されたミサイルの軌道を分析しないことには、それがどこを狙っているのかもわからないではないか。法律上迎撃できない。やはり、一発日本に落ちてからでないと、個別自衛権も行使できないではないか。

これは、攻撃する側にとっては、まことに都合のよい法律だ。

 

毅然とした態度を示すことが戦争抑止になる

よく、日本が集団的自衛権を行使して、米国とともに戦争に突入したら、太平洋戦争の二の舞ではないかという意見を聞く。

ちょっと待ってください。今の丸腰の矛盾だらけの状態こそ、他国の侵略の機会を許しているのではないのか。

たまたま米国の傘で守られていた国である。歴史上、他国の傘で永久に守られた国などない。自分の国を自分で守れない国は、そのうちなくなるのが自然の摂理だろう。

その米国の目に、「一方的に守ってるのに、いざとなっては守ってくれない国」はどのようにうつっているだろう。そんな自分の都合だけを主張するパートナーは、いずれ愛想がつきるのではないか。まあよく、今まで守ってきてくれたもんだ。それは、太平洋の覇権に関する極東にこの国は位置するからだ。

自国の安全保障について立場をはっきりするのは、軍事大国への道ではない。戦争抑止のためである。また、外交においても、遠交近攻で、隣接する国の周囲複数の国と同盟を深めなければならない。それがおこりえる悲劇に対する抑止の一つだ。

平和憲法を唱えているだけでは、「無責任」だ。

努力が報われない社会

 

好きで不景気やってる日本

日本は、一時期米国を抜いて世界一の経済大国になる道もあった。

それを自らつぶして、身を引いて漂流しているように私の目にはうつる。

潜在意識化で、「え? なんだこのままだと世界の牽引せなあかんやん。むりむりむり」と。とりあえず不景気でもやっといて、このままでいよーー的な。

なぜ無理なのかというと、軍隊もなければ、精神的主柱の骨もないくらげのような国だから。世界の安全保障を守れない。米国の次を担うことができなかった。

しかし、歴史を見れば明らかに、日本は骨のある国だったのではないのか。人材的にもそうとうな偉人を輩出しているし、坂の上の雲を登っていた。立地的にも西から来た文明と、東から来た文明の終着地点にある。

神仏習合的な多神教国家で、外の宗教を受け入れる土壌もある。ローマのような国になる可能性があった。

そんな骨のない民主主義の中で数十年時がたち、オルテガじゃないが、典型的な子供じみた光景になってしまった。先生がいなくなったら子供たちは躍り上がり教室の秩序がなくなった。フランス革命のようなものだ。圧制を倒したはいいが、その後に来たのはアナーキー。フランス革命は80数年の混乱を生んで全体主義の基となってしまった。

 

努力したものが報われる社会の危機

私には、このたびの政権交代劇がそんな風にうつる。

フランス革命が掲げた自由と平等と博愛は、聞こえはいいが、大衆に迎合しすぎて、その根底に富裕者への嫉妬があるとすりかわってしまう。

「なんだ、お金持ちはけしからん、平等に貧困層にも生活の保障をせねばならん。結果を平等にしろ」と。

それに拍車をかけているのがマスコミだ。偏向報道もはなはだしい。

世の中がさらに不景気になって、広告収入が減って困るのは、マスコミも同じだろう。なぜ自ら首をしめるのか。

いや、不景気になると、企業は広告に頼るしかないのか。それでも広告費は減収するはずだ。

本来、自由とは智恵。平等とは慈悲の精神。各人が努力、工夫する智恵は自由で、それで伸びていった人が社会に慈悲として還元する。というのが筋ではないのか。

あくまでも機会の平等であって、結果の平等ではない。

努力したものが報われる社会。今、それが危機に面している。

 

 

福祉国家 vs 夜警国家

夜警国家は小さな政府で税金が少ない

夜警国家とは、社会主義学者ラサールが命名した言葉であるので、少々おどろおどろしいが、ようするに小さい政府ということである。

ラサールはマルクスととっても仲良しの社会主義者であったために、このような自由主義的国家感を揶揄するような形で名づけた。

それと対比されるのが、福祉国家。これがいいよーーとラサールは主張した。

聞こえはいいが、大きな政府ということである。

政府が大きければ、なんか安心なような気がするが、いろいろしてくれそうで。でも、大きいとお金がかかるということ。政府のお金ってなんだろう。それって税金ですよね?

ということで、福祉国家は、ばら撒き型の増税国家である。まあ努力して稼いだものを、税金として納めて、平等に分配する。結果平等。社会主義ってことすね。

夜警国家を批判する人は、よく警察国家ともいう。国家権力の監視が強化され、人々の自由がなくなる社会ではないのかと。

いや、まてよ、それって自由主義国家ではなくって、よくある社会主義国の場景ですよね?

いかんいかん、だまされるところだった。

警察権力が増大するのは、社会主義、ようするにばら撒き型の福祉国家であり、自由主義的な夜警国家ではないということ。

 

福祉国家は大きな政府で税金がかかる

福祉国家は大きな政府。多額の税金をあつめて大衆を切りそろえようという政策。自由は大きく制限される。

切りそろえるとどうなるか?

いま、学校がそのミニモデルとなっている。ゆとり教育で、結果平等主義が蔓延した結果、突出した人を認めない風潮が広がった。それがいじめの原因となっていると指摘する声もある。

「違い」を認めない社会こそ「警察国家」「密告社会」。「あいつちょっとちゃうことしてるでーーー」的な。

対する自由主義国家、夜警国家は、最低限の税金で、安全保障、治安維持に特化して政府が尽力するということ。別に軍事費を大幅に増大されるとか、警察官を倍に増やすという意味ではない。

主権国家として、当たり前に国民の財産と生命を守る行為。これは必須である。

また、経済、福祉、マスメディアなど権力が分散しているので、特にどこに気を使う必要もない。各方面自由に競争原理が進めば、次の段階では警察も民間に任せる時代も来るかもしれない。

 

税金を取って国民を守らない国

福祉ばかりをうたってるのに、公務員の削減をうたっているマニフェストには嘘がある。

ばら撒くためには税金が必要で、大きな政府が必要だろう。

さらに国防はなおざりで、政府が肥大化したらどうなるか。国家としては破綻である。

「小さな政府で国防はしっかりする」という夜警国家の間逆、「大きな政府のくせに国民の安全を守れない」福祉国家になってしまう。

丸腰の働きアリ。

世界からはそう見えるだろう。

そんな国にするつもりなのか。

 

 

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